昔から犬好きだった私、「犬に関わる仕事がしたい」「いつも犬と触れ合っていたい」と、なんとなく思ってはいたものの、大学を終えてからは、普通の仕事をしていました。「夢と現実は違う」などと、もっともらしい理由をつけて、それを実行に移すことはしていませんでした。
そんな私に、「ドッグトレーナーになろう」と決心する起爆剤をくれたのが、上の写真の犬、「うらら」です。 10日しか一緒に時間をすごすことが出来なかった犬ですが、私にとっては、とっても大切な犬。
この「うらら」のエピソードをここに書かせてください。
大雨のある日のこと。
真夜中、交通量の多い国道の道端でビショ濡れになって歩く、1匹の大きな犬を見つけました。 車を降りて近づいてみると、長い間、何の手入れもされていないのが明らかで、毛はこんがらがり、臭い犬。でも尻尾を振ってニコニコ笑っています。 大雨の中、月明かりもない真っ暗な夜、「ここに居ては轢かれてしまう」、そう思った私は、その犬をうちに連れて帰りました。
自宅に連れては来たのはいいのですが、びしょ濡れだし、あんまり臭いので、すぐにバスルームでシャンプーをしました。 すると、絡まった毛の下には首輪をしていました。
名札はありませんでしたが飼い犬と判断し、翌日すぐに警察・保健所・市役所に保護の届出を出し、近所にも貼り紙をしました。お役所からは、保護犬は保健所で係留するので、連れてきてください、と言われましたが、飼い主が見つかるまではウチで保護します、と連絡を入れました。
飼い主からの連絡を待つ間、情が移ってしまうと別れが辛くなってしまうので、名前はつけず、ワンコ、と呼んでいました。 きっと、飼い主さんも探しているだろう、すぐに連絡が来るはず、と思っていました。
しかし、1週間たっても、10日たっても一向に連絡がありません。
私は、以前、花火の音に驚いて逃げ出してしまった犬を迷子させてしまったことがあります。 その時には、万が一遠くまで逃げたことを考えて、近隣から遠方の保健所や警察所の全てに連絡をし、少しでも特徴が似ている犬が来たら、絶対に殺さず連絡をして欲しいと頼んだものです。 犬が迷子になっても保健所に問い合わせをしないなんて、私にしてみれば理解不能な行為です。 犬を大切に思っているのなら、今どこにいるのかしら? 捕まっていないかしら、と心配しないものでしょうか?
私が保護した犬。私の傍で眠る犬。私の手で保健所に連れて行くなんて出来るはずがありません。 うちには、既に犬が1匹いましたが、うちでその犬を飼うことに決めました。 「うらら」と名前をつけ、ベッドや首輪、おもちゃなどの備品を買い、新しい家族を迎えて楽しい生活を始めました。
しかしその翌日、1本の電話が・・・。
「子供が貼り紙を見まして、おたくにウチの犬がいるみたいなんですが」
「渡したくない」と一瞬考えましたが、嘘はつけません。仕方なく、「お預かりしてます」と答えました。 すると、「汚れてもいい車を友人から借りて、明日犬を引き取りにいく」との事でした。 うららは私がシャンプーもブラッシングもし、ちっとも汚くなかったのですが、最後の1日をうちで一緒に過ごせるなら、と思い、何も言いませんでした。
翌日、犬を迎えに来た飼い主さんは、「あらー、綺麗になっちゃって」なんて、見違えるように綺麗になったうららを見て、調子よく喜んでおられるようでしたので、私は言いました。
「なぜ保健所や警察に連絡されなかったんですか?保護したのが私ではなく保健所だったら、3日で殺処分されてましたよ」と。
飼い主さんは、「はぁ、それは知ってますけど」と、「それが何か?」という顔。
更に、「お庭で飼っているんですか?」との私の問いに、「ウチは庭はないので、隣の廃車置場の車の中で飼っています」との発言。
ショックでした。なぜこんな飼い方をして心が痛まないんだろう?何故いなくなっても探さないんだろう?そもそも、室内で飼う気もなく、庭もないのに、なぜ犬を飼ったんだろう? そして、何故こんな飼い主に、うららを返さなければいけないんだろう?
理不尽な気持ちでいっぱいでした。
でも、飼い主さんの元では、一応雨風は凌げるし、ゴハンも貰っているのだろう。 保健所で殺処分を待つ犬に比べたら、まだうららは幸せなのかも知れない。そんな風に考え、うららのことは忘れようとしましたが、モンモンとした気持ちは消えませんでした。
私が保護しなければ、事故にあっていたかもしれない。あの時、警察に引き渡していたら、保健所で殺処分になっていたかもしれない。
問題行動のある犬だけでなく、うららのように探してもらえなかった迷い犬たちも、保健所で殺されていくのだろうか。
せっかくもう1匹犬を飼うための心準備はできているのだから、保健所で殺処分を待つ犬を引き取ろうと思い立ち、その日のうちに保健所に引き取り希望の電話をしました。 ところが、そこでの対応が、また私を理不尽な気持ちにさせました。
保健所の担当者は、私に言いました。
「うちは犬の譲渡はしてませんよ。 あなた、犬が欲しいってね、病気の犬や噛む犬だったらどうすんの?」
獣医でも訓練士でもない私は、「それなら治して飼います」とは説得できませんでした。
保健所の言い分は分かります。問題のある犬を開放すれば、また問題を引き起こすかもしれません。 しかし、面倒を避け、動物を殺すことが自分の責務のように話す態度に、心底ガッカリしました。 日々、動物を殺さなければならない仕事をしている人こそ、愛護の気持ちを持っていて欲しかった。
その道のプロにならば、耳を貸してくれるチャンスが増えるかもしれない。 救える犬が増えるかもしれない。
しかし、ただの一犬好きの私では、幾ら吠えても声が届かない。目の前にいる犬さえ救えない。 自分の無力さ、小ささを感じました。 「夢と現実は違う」などと言うだけで、行動を起こさないのでは、何も始まらない。そう思った私は、ドッグ・トレーナーになる勉強をしよう、と決意したのです。
そこからは早かったです!それまでしていた仕事に終止符を打ち、半年後にはアメリカのドッグ・トレーナー学校へ向かい、飛行機に乗っていました。
たった10日しか一緒に過ごせなかった「うらら」。今どうしているのか分かりません。迎えに来た飼い主さん宅の前を何度も通っていますが、見かけたこともありません。 もし、まだ近くにいるのなら、「ありがとう」の気持ちを込めて、もう一度ながーいお散歩に連れて行ってあげたいです。